禊 の 庭

本ページについて。

本ページは故 石田盛山博昭先生が稽古後に
Faiebookへ稽古日誌を上げて
くださっていた物を転記した
ページです。

先生が伝えて下さっていた言葉を埋もれさせて
はいけないと思い再度光を当て教えを思い返す
機会にすると共に
教えを直接受けていない
門人の方は今後参考になればとの
思いで
ページ作成いたしました。


ページの題名である”禊の庭”は先生が生前に
管理していた
ホームページの名前です、
先生への敬意の思いで
ページ名に採用させて
いただきました、
皆さんの稽古の参考に
していただければとおもいます。



管理者



稽 古 日 誌 回 想

2013年9月29日

 ·稽古日誌
後足の引き付けが甘くなると技があまくなる。
これは、初心者ばかりでなく上級者にも言えることだと思う。
後足は踵を上げずに膝を伸ばすこと、これが古流の足遣いである。
西岡先生も、足は前後の足をトントンと運ぶことが大切と常に言われていたが、
まことに然りと思う。。

2013年9月30日

技は全て後の先であると、西岡先生は常に仰って居たが、これが中々難しい。
全ての動きを後の先で行おうとすると、熟練した打太刀を必要とする。
この打太刀を作るのが並み大抵でないことをつくづく感じる。
西岡先生も、清水先生から免許を戴いてから、
これからは打太刀に注文をつけなさいと言われたと伺って居る。
柔らかく、変幻自在に変化し得る打太刀が居てこそ、後の先の妙味が体得出来、
神道夢想流杖術のレベルを高めることができる。

2013年10月5日

 ·神道流剣術は常に太刀の影に隠れながら技を行なう。
神道夢想流杖も同じである。
唯、杖は鍔が無い分だけ工夫した遣い方を必要とする。
西岡先生は、杖の打ちは全て切り落しだと言われて居る。
杖で切り落しを行なう場合、太刀が前の手に流れて来ない為にも、十文字で勝たなくてはならない。
ここが太刀と杖の違いである。
杖を遣う場合、太刀と同じく、常に杖の影に隠れて技を行なうのは同じである。
この遣い方が出来ないと神道夢想流の杖でなくなる。
ここのところをしっかりと意識して稽古したいと思う。

2013年10月7日

·稽古日誌
 西岡先生は常に杖の打ち込みを教えられた。
本手打ち、逆手打ち、引落し打ちの打ち込みの稽古は必須であった。
そして、その打ち込みは切り落しだと、常に言われて居た。
これが、西岡先生の杖の特長であり、これこそ清水隆次師範の杖であると常々申されて居た。
故に、これを身につけることが杖道修業の第一であり、最後でもある。
これは、和する打ちであり、戦う打ちではない。
この和の心こそ、神道夢想流杖の特長であり、日本武道の精神であると思う。
和の心を以て、和の動きをすることを常に心掛けて稽古すれば、
神道夢想流杖の何たるかも分かるのではないかと思う。

2013年10月13日

 ·稽古日誌
10月12日稽古は絶えず自分に問いかけながら行なわなければいけないと思う。
指導者が全て導いてくれると思っているなら、それは間違いである。
何故なら、指導者が同じことを教えても、受け取る方は千差万別だからである。
それぞれが、現在の自分の力量に応じた理解しか出来ないのが現実である。
指導者が、何度も何度も同じことを言うのはそのためである。
何度も言われて居る内に、その人の境地に応じて気付きが起こる。
指導者は、それを待って居るのである。故に、稽古と言うものは全て自己責任である。
打太刀ばかりして居ても、杖は上手くなる。杖ばかりして居ても、太刀は上手くなる。
然し、そのためにはしっかりと指導者を観ていなくてはならない。
一挙手一投足、その動きを逃さず見ていなくてはならない。
私は、西岡先生の動きを見続けて来た。
そして、その動きを真似し、その中から自分なりに何かを掴んで来た。
これが稽古と言うものである。
稽古のたびに新しい発見をする。
この繰り返しが上達へと繋がる。
私自身、日々稽古の中で新たな発見をする。
これこそ稽古の醍醐味であると思う。

2013年10月20日

 ·稽古日誌
 10月19日今日、テレビで劇団四季の稽古風景を見た。
そこには一切の妥協を許さない場があった。
「馴れ・ダレ・崩れ」の三つの「れ」があれば、即「去れ」の厳しい世界であった。
その中で死に物狂いで完璧を求めて稽古に励む若者達を見て、日本も満更でもないなあと思った。
そして、我々の武道もこうありたいと感じた。
然し、神道夢想流杖は形武道である故、よりこの三つの「れ」に陥り易いきらいがある。
「馴れ・ダレ」は直ちに「崩れ」を生み、形は形を成さなくなる。
折角、先人方が遺して下さった形も崩れてしまっては何にもならない。
私自身を振りかえって見ても、完璧にはほど遠いかも知れない。
けれども、このテレビを見て、その心意気だけはしっかり持って稽古したいと改めて思い直した。

2013年10月22日

  稽古日誌 
10月21日己れの技を人に見せると云うことは、その技を人に教えると同じことである。
技は盗むものであると古人は教えて居る。
故に、古来から武芸者は己れの真の技を決して他人どころか門人・身内にさえ見せることは無かった。
見せることは即ち、その技の返し技を工夫されることであり、それは直ちに敗北に繋がるからである。
今日でも、ごく限られた門人しかとらない師範が居るのはこの為である。
この真の技を盗み得たもの即ち、後継者であると云える。
自分が技の真を弟子に見せる時、弟子にこれを捧げて居るのである。
どうか、これを見取って呉れ、これを感じ取って呉れと心の中で祈りつつ技を行なって居るのである。
どうか、このことを理解して欲しいと思う。

2013年10月28日

稽古日誌
 10月28日西岡先生は常に言われた。先に動くんじゃない、我慢しなさいと。
今日の稽古でもそれを強く感じた。
最初に打太刀が切り込む前に仕杖は動かない、合し打ちも太刀が充分に切り込む前に杖は動かない、
納めの動作も杖は先に動かない、終わって離れる時も杖は先に動かないなど、
常に後を取るのが杖であると西岡先生はくどい程に言われたが、
これが初心者には中々難しいようである。
然し、ここが一番大切なところであると思う。
心を鎮めて常に後の先を取る、これが兵法の基本形である。
そして、これが武により心を錬る修養の秘訣であり、人生においても非常に役立つのである。

2013年11月2日

稽古日誌
 11月2日目付けは非常に大切である。
相手をよく見ることは兵法の第一義である。
然し、これも居ついていては何にもならない。
眼を見て眼に居つき、手を見て手に居つき、足を見て足に居つき、太刀を見て太刀に居つき、
その動きを見て動きに居つくのは全て病である。
真の目付けとは、どこにも居つかず、自然に全体を見るのである。
気を楽にしてスラスラと全身を見ることが出来れば、技も又、自由となる。

2013年11月9日

稽古日誌
 11月9日西岡先生は、稽古の際は常に本手打、逆手打、引落打の打ち込みを指導され
「これが神道夢想流杖の極意だよ」と言われた。まさに、その通りである。
神道夢想流杖は神道流剣術が元である以上、相手の太刀を切り落とす一文字勝ち、
十文字勝ちの勝ち口が基本である。
これは、一刀流では切り落とし、新陰流では合し打ちと言うが、
それを会得する為の稽古が打ち込みなのである。
「唯単に、構えた太刀を素早く打つのが目的ではない、後の先で打ち太刀の上に乗り勝つのだ」
と西岡先生は常に仰って居た。
この稽古法は、清隆会以外ではあまり見かけないようであるが、最も重要な稽古であると言える。
この稽古は、三挫きと言って、打ち太刀の剣を崩し、体を崩し、気を崩すことを
念頭に置いて稽古しなければならない。
その為には、常に杖先が相手の鼻先を通る筋を忘れないことである。
自分の杖の筋をもう一度確かめて見て欲しいと思う。

2013年11月11日

稽古日誌
 11月11日神道流の太刀筋は左右の袈裟切りを主とする。
これは奉幣剣(ほうへいけん)を基とする。
奉幣剣とは、幣太刀(へいだち)とも云い、
神道祕伝の霊交(×・ちかひ)を太刀で表したものである。
この袈裟切りは、単に斜めに太刀を切り降ろすことを云うのではない。
常に、太刀の蔭に身を入れて技を行なうことの大事を云うのである。
そして、その究極が「一の太刀」なのである。
私の学んだ神道流・新陰流・九鬼神流は共に鞍馬伝の武術に淵源するが、
その基本の太刀筋は皆同じであったことから察すれば、
これなくして、日本剣術はありえない。
つまり、剣は神道祕伝を体現する重要な神器であり、
日本天皇の三種神器の一つ、天村雲剣(あめのむらくものつるぎ)に
神倣うものなのである。

2013年11月16日

稽古日誌
 11月16日流祖・夢想権之助師は「卜伝一の太刀」を会得して、
神道夢想流杖を編み出したと伝えられて居る。
故に、神道夢想流杖は「一の太刀」を基準にして遣わなければならないと思う。中段の「青眼」はこれがそのまま、太刀を避けた形として表されている。
表の「左貫」では、右本手で打太刀を攻めた後、右に引落す際に一旦、
この形を取るのだと随分以前に西岡先生から教えて戴いた。
その他、繰付けも繰放しも体当りも同様に「一の太刀」
の理で行なうのが自然であり、本当であると思う。
その他、あらゆるところで「一の太刀」が隠されて居る。
この遣い方を知ると、神道夢想流杖の妙味が自ずと判り、
ますます稽古が楽しくなる。

2013年11月18日

稽古日誌
 11月18日打太刀は、始めの立ち位置から八相に構えて仕杖に向かって進む時、
彼我の間の気を、近づくにつれ圧縮する気持ちで向かって行かなければならない。
昔、ある剣道家に、杖の打太刀はチョコチョコ歩いて行って切り掛かるが、
あれはどうも良く分からないと言われたことがあるが、
それは、この気を圧縮する動きが出来て居なかったか、
或いは、それを看取る眼が剣道家に無かったかであろうと思われるが、
何れにしても、彼我の間の気を意識しての稽古が非常に大切であると思う。
これが無いと、本当に形武道の形骸化は免れないであろう。勿論、最初からは無理かと思うが、
これを意識して稽古するとしないとでは将来雲泥の差が出て来る。
私も25年ほど前、西岡先生に初めて稽古をつけて戴いた時は、
その迫力で身動き出来なかったことを覚えて居る。
然し、その中で動ける様にするのが稽古であり、それが本当の武術の稽古であると思い、
今日までこれを心掛けて稽古して居る。

2013年11月25日

稽古日誌
 11月25日形稽古は右脳を目覚めさせることが出来る。
右脳は、直感の脳とも言われるが、身体を使った反復稽古はこれを鍛えることが出来る。
人間は咄嗟の時は頭で考えて行動するのでは無く、瞬時に身体が反応するが、
これは右脳の働きである。
然し、頭での反復稽古は右脳の鍛錬にはならない。
何度も何度も同じ形を繰り返して稽古するのは、技術もさる事ながら、
いざという時に自然に身体が動く様にしてしまうことである。
形稽古は単純なようだが、このように素晴らしい効果がある。
勿論、唯漫然と稽古するのではなく、間合・気迫・呼吸と言ったことを常に意識して
稽古するのは当然である。
先師・濱地光一師範のご尊父・濱地天松翁は『天松翁十二訓』の中で
「一事を百度(ももたび)千度(ちたび)繰り返し習い習へば人の師となる」と示されているが、
只管稽古に稽古を重ねるのは、人間としての能力も高めると言うことを知れば、
益々稽古も面白くなって来る。

2013年11月30日

稽古日誌
 11月30日神道夢想流杖は表一本目の太刀落に始まり、奥の最後のアウンで終わる。
この二つの形の始めは、共に太刀と杖を合わせるところから始まる。
これも以前、こんな構えが出来るのか、この状態から本当に杖が打ちを出せるのかと
剣道家に疑問を投げかけられたことがある。
西岡先生はこれに就いて的確な解答をされている。
それは、太刀と杖が合わせるのでは無く、太刀が打つて来たところを合し打ちで勝って居る状態
を示して居るのだと教えられ、その為には、本手打・逆手打・引落打の打ち込みが大切であり、
この稽古が始まりであり終りであると常に仰られ、これが太刀落と言う形の意味であろうと
申されて居た。古流の形の名は、やはりその名を通して何かを教えて居る筈である。
我々は、形を通して先師の思いをも受け継ぐ心掛けが必要であると思う

2013年12月1日

稽古日誌
 12月1日 愛杖会稽古会にて太刀落の形の意味はもう一つあると思う。
それは、杖は鍔が無いので、太刀は杖に触れた途端、直ちに杖を持つ手を責めて来る為、
これを凌ぐべく打太刀の体の中心を責めつつ、太刀を落すことを常に意識して
居なければならないと言うことである。
これは、あらゆる棒術の基本であり、神道夢想流杖に於いても、
64本の形の第一に太刀落があるのは、先ず第一にこれが大事だからであると思う。
実際、この心掛け無くして杖を遣うなら、それは隙だらけの技となり、
すぐに指を斬られてしまい全く役に立たない。
また、打太刀も、そのつもりで太刀を遣わなければ、良い打太刀とは言えないし、
形の面白さが半減する。
この意味で、神道夢想流杖の一本目が太刀落と言うのは、なるほどと思わざるを得ない。

2013年12月2日

稽古日誌
 12月2日武術は足遣いが最も大切である。
特に、打太刀も仕杖も前足の親指の先を相手に向けることが基本である。
これは、相手と自分との気を繫ぐことであり、指先が相手から外れることは相手との
気が切れることである。
武術は、常に相手との気のやり取りであり、これなくしては充分な技も遣えない。
歌舞伎においても、役者は必ず相手に親指を向け、相手に口上を言うと言う。
ある歌舞伎役者が夫婦喧嘩をして居る際、親指の向きを外すと、喧嘩をそっちのけで
親指の向きに就いて口論になったと聞いたこともある。
また、親指が内側に向いて居る人を多く見かけるが、これでは身の筋も立たず重心も安定せず、
技も不安定となる。中々気がつかないかも知れないが、
指先の向きに就いては、よくよく注意して稽古しなくてはならない。

2013年12月7日

稽古日誌
 12月7日神道夢想流杖の稽古では、打太刀の役目が重大である。
打太刀の程度如何で、稽古の成果は雲泥の差がつく。
西岡先生は良い打太刀を作ることが、神道夢想流杖の伝承には欠かせない
要素であると仰って居られた。
打太刀は先ず、正確に仕杖を切って行かねばならない。
形稽古だからと言って、打太刀の切り込みが不正確だったり、不充分だったりすると、
それは馴れ合い稽古となる。第一、これでは仕杖に対して失礼である。
打太刀が正確に、充分に切り込んでこそ、形稽古は真剣味を帯びて来る。
但し、未熟な仕杖に対して、これ見よがしに切りつけることは礼に反するし、
神道夢想流杖の心ではない。打太刀は親である。親の心を以って、仕杖を育てて行く、
これが打太刀である。西岡先生は常に「切っちゃ駄目」と言われたが、
それはこのことを仰って居られたのである。
神道夢想流杖は神道流剣術から起こったのであるが、打太刀は全て神道流剣術を遣うのである。
形として伝えられて居る神道流剣術12本は、言わば表であり原則を教えるものであり、
神道夢想流杖64本の打太刀は、神道流剣術の裏であり様々な変化を伝えるものである。
神道夢想流杖は、これに対して技を遣うものである。
打太刀を行なうものは、これを熟知しておこならなければならないと思う。

2013年12月9日

稽古日誌
 12月9日神道夢想流杖は究極、神道流剣術を修めることであると西岡先生は常に仰られ、
その証拠は神道夢想流杖の後目録の系譜は夢想権之助流祖迄であるが、
免許の系譜は飯篠長威斎迄が記載されて居ることであると申されて居た。
神道夢想流杖に伝わる大太刀8本・小太刀4本の形は、神道流剣術の言わば表であり、
裏は神道夢想流杖64本の打太刀であると先日も述べたが、まさにその通りであると思う。
香取神道流の免許者であり「卜伝一の太刀」を会得し、神道夢想流杖を開いた夢想権之助流祖は、
見事に杖の打太刀に神道流剣術を組み込まれた。
否、神道流剣術をより深く修める為に、神道夢想流杖を開いたものと理解した方が良いかも知れない。
それ程、神道夢想流杖は素晴らしいものである。
私自身これまで47年間学んで来て、ますますその感を強くする。
そして、その白眉は「五夢想」である。これは技は勿論のこと、その名称は、
恐らく夢想権之助流祖が求められたであろう「天真正伝」を示唆するものであり、
この高みへと向かうべく修行することが、神道夢想流杖を修めることと私は理解して居る。

2013年12月14日

稽古日誌
 12月14日武術に於いて気合は大切である。
気合とは、気の操作法であり、殺気を捉える、自分で気を発する、相手の気を外す、
自分の気を相手に投入する、相手の気に自分に同化させる、相手の気を吸い込む、
天然の気を自分に摂り込むなど、様々に使われる。
気合には、並気合、押気合、含気合、漏気合があるが、基本は並気合である。
神道夢想流杖では、突く時には「ホーッ」、打つ時には「イーエッ」「エーイッ」
の気合が使われるが、これは日本神道で言う言霊(コトタマ)である。
言霊とは、音としての神であり、それ自身に威力を発揮するものである。
この言霊を武技と併せて使うことこそ、神伝武術としての意義と価値がある。
稽古に於いては、先ず正しく発声することが大切である。
今日の稽古を見て居ても、正しく発声することは中々に難しい様である。
「ホーッ」の気合を「ホー」と発声したり、「エーィッ」の気合を「エイッ」
と発声するのは間違いであり、それでは充分な技にはならない。「ホーッ」は
遠くまで突き抜けて止まる音、「イーエッ」は調伏の音、
「エーィッ」は改心させ救出する音であり、これらの音力の活用を学ぶことこそ、
武術稽古の眼目である。
恩師・濱地光一師範は「神仏も声の力で現れる、一撃必倒、気勢養え」と詠われたが、
まさにその通りであると思う。

2013年12月16日

稽古日誌
 12月16日30代の頃、恩師・濱地光一師範から、
木曽御嶽山に行った折、君は単細胞だからこの修行をしなさいと
授けられた一巻に「神道無想流妙語之巻」がある。
これは建治2年(西暦1276年)に中村弥治郎角山という人が
書き残した気合術・霊術の伝書で、昭和6年に道春と言う修験者が、
後継者がいない為、末永節翁と相談の上、同流師範・高山氏に授け、
その一本を末永節翁に呈したと記されている。
神道夢想流と神道無想流では、夢と無の違いがあるものの、
濱地光一師範は、恐らく夢想権之助流祖は、
この修行をして神道夢想流杖を編み出されたであろうと申され、
杖術と並行してこの修行をするように薦められた。
この伝書は伊賀流忍術の「万川集海」とも共通する内容があり、
この書が書かれた当時は、修験者・武芸者・忍者が深く
繋がって居たと言うことが窺われる。
ともあれ、折角、濱地先生から薦められた修行法でもあり、
兵糧丸を作ったり、呼吸法をやったり、
気合で湯呑みに入れた水を跳ばしたり、細い木の上を歩いたりと、
当時は一生懸命これに励んだものである。
恐らく、いにしえの武芸者も同じような修行は当然行って
居たであろうし、夢想権之助流祖も同様であろうと思われる。
現代に於いて古武道を修行する人も、
こう言う修行も経験しておいた方が良いのではないかと思う。
その意味で、毎年、門人と共に木曽御嶽山夏山修行
を行なって居るのである。

2013年12月21日

稽古日誌
 12月21日乱合の最後の太刀を払う技に就いて、
西岡先生はこの遣い方をして居る人がいないので、
是非名古屋に残しておいて欲しいと言われ、
20年ほど前にしっかりと教えて戴いた。
現在では、太刀を真横から払う様に遣う人が殆どで、
確かにこの遣い方をして居る人は、寡聞にして見当たらない様に思える。
これは神道流剣術の大太刀8本目・摺込の払いであり、
また槍術におけるチラシと呼ばれる技と同じ理合いである。
この技は、乱合の他にも、影の霞、五月雨の二刀小太刀落・ミジン
などで出てくるが、なかなか厳しく、且つ、精妙な技である。
そのコツは、身体を後ろに退かないことと、
太刀の鍔元ギリギリのところを払うこと、杖先を相手の左肩に付けること、
両手の返しにある。
我々はこの技を絶やすこと無く修錬して行かなければならないと思う

2014年1月11日

稽古日誌
 1月11日何事も「基本に勝る奥義なし」と言われるが、神道夢想流杖においても同じである。
今日は稽古始めでもあり、このことを再確認して今年の稽古を始めたいと思う。
西岡先生もこのことは常に仰って居られ、その中でも杖の打ち込みを特に大切にされて居た。
これは何度も言うように、決して構えた太刀を打つのではなく、
切りかかって来る太刀に後の先(ごのせん)で合(ガッ)し勝つことの稽古である。
これは、神道流剣術の基本であり奥義である。
否、神道流を祖流とする新陰流、一刀流などにも共通する奥義であり、
更には、神道流の淵源である天真正伝・天真兵法の奥義なのである。
神道夢想流杖は12本の基本が清水隆次師範により定められたが、
これを正しく理解し稽古することが、奥義に通ずる道であると思う。
然し、この正しく理解し稽古することがなかなか大変で、西岡先生も一時期、
免許者に基本の再確認をくどいほど命ぜられたことがある。
正しい基本とは、本手と逆手の区別、杖の刃筋、足遣い、脇の締め、
常に得物の影に隠れて動くこと、太刀より先に動かないことなどを常に心掛けて行うことである。
この上に、神道夢想流杖64本の形があり、この正しい基本無くしては折角の神道夢想流杖
も唯の棒踊りと化す。
これを清水隆次師範が晩年に危惧され、西岡先生に後事を託されたことを思えば、
われわれは基本をしっかり稽古しなくてはならないと改めて思う。

 2014年1月18日

稽古日誌
 1月18日西岡先生は、神道夢想流の打太刀は素晴らしいものであり、居合術も含まれて居るので、
この打太刀をシッカリ修錬すれば、殊更、居合を学ぶ必要は無いと常々申されて居た。
故に稽古に当っては、打太刀は常にあらゆる太刀捌きを身に着けるべく心掛けなくてはならない。
今日は杖に小手水月を取られた時の様々な柄捌きを稽古したが、それ以外にも、
色々な太刀の遣い方がある。神道夢想流杖の打太刀は、神道流剣術の裏であり、
十二本の形として伝えられるものの変化・応用を教えるものである。
西岡先生は、神道夢想流杖のレベルを上げるためには打太刀のレベルを上げることが必須であり、
この打太刀を作ることが中々難しいと仰って居られた。
我々は、柔らかく軽妙且つ強靭な打太刀を身に着けるべく稽古しなければならないと思う。

2014年1月20日

稽古日誌
 1月20日今日の稽古も打太刀の抜刀に就いて説明したが、中々難しい様である。
杖に小手水月を取られた時、右真横に抜きつつ、
杖の下から打太刀の指を切る動作が上手く出来ない。
また、この太刀捌きが遣えないと仕杖も上手く遣えない。
一般的に行われている、打太刀が後ろに下がって抜き上げる方法は間違いであると
西岡先生はいつも仰って居られた。
これを行うには、太刀は下がるのでは無く、常に仕杖を切ると言う心構えを持つことが必要である
この太刀捌きは五夢想の太刀捌きの一つであり、
五夢想を心得た者ならおかしな教え方はしない筈なのだがと常々申されて居た。
故に、稽古に際しては教えられた太刀の遣い方をシッカリ修錬することが、
やがては五夢想にまで至ると心得て行なうことが大切であると思う。

2014年1月25日

稽古日誌
 1月25日繰り付けの動作も中々難しい様である。
切り掛かる打太刀に対して、左足を左に捌き、杖尾で打太刀の手の甲を打ち、
右足を前方に出しつつ、甲手を打った杖先を打太刀の目に付けて攻めるのを、
打太刀はこれを嫌って左方に外すのに従って打太刀の重心を崩す様に繰り付ける技であるが、
繰り付けた際、杖は直ちに杖を返して打太刀の顔に当てるので、打太刀はこれを避ける為、
遠位の足(後足)を先ず下げなければならないのである。
ここで打太刀が杖に逆らって頑張って居たのでは理に反することになる。
打太刀は常に柔らかく遣わなければならない。西岡先生もこのことを常に仰られて居たし、
やって見ればすぐ分かることである。
また、繰り付ける際は必ず後の先でなければならない。
打太刀が杖先を嫌って動かしたところを繰り付けるのである。
杖が先に動いたのでは、打太刀に後の先をとられてしまう。
この表裏が常に変転する自在な遣い方を会得しなければ生きた杖にはならない。
このことをシッカリ心得て稽古したいと思う。

2014年1月27日

稽古日誌
 1月27日形稽古の前後に礼法として行なう「飾り」は神伝武術である証しを示すものである。
太刀と杖がX状に結び、その交点が正中に有るのが正式な形で、
これは「チギリ」、つまり結び(産霊)を意味して居る。結びとは、
日本神道の究極であり「契り(チギリ)」のことである。「契り」とは、
夫婦の契り、師弟の契り、兄弟の契りなど、魂の結びのことを云う。
そして、これを武において体現するのが日本武道なのである。
日本武道は相互繁栄の「イクサ(生久栄)」、つまり幾久しく栄える道であり、
単なる闘いの勝ち負けを求める凶武とは本質的に違うものである。
これを神伝武術と言い、天真正伝と言い、天真兵法と言う。
神道夢想流も天真正伝と伝えられる以上、神伝武術であり、日本神道を体現するものである。
そして、それを示すものが稽古の前後に行われる「飾り」である。
我々は稽古の際、神事を行なうつもりで、厳粛にこの「飾り」を行わなければならないと思う。

2014年2月1日

稽古日誌
 2月1日神道夢想流杖に併伝する内田流短杖術は、明治維新の廃刀令で武士が刀を持てない状況下、
神道夢想流杖の師範である内田良五郎師範により編み出されたものであり、
神道夢想流杖と同じ理合いで行わなければならない。
唯、得物が三尺と杖に比べて短い分、手首を使った小さい動きで打ちを行なう点が異なるが、
打ちの筋は常に相手の顔面を襲って居なければならない。
特に、得物が短い分だけ、これが大切である。
如何に、相手の剣を挫き、体を挫き、気を挫くの三挫きを使いこなせるかが、
この短杖術を生きた技とする秘訣であると思う。

2014年2月3日

稽古日誌
 2月3日神道夢想流杖には一角流十手術も併伝されて居る。
これは元々、中和流短剣術から編み出されたものと思われ、その形の名称も、
一本目・右剣、二本目・左剣、三本目・残剣と中和流短剣術の名残がある。
勿論、一角流十手術は鈎がある為、鈎を使った捌き方があるが、体捌きはほぼ同じである。
鈎は、本物は普通の十手とは異なり、内側に刃が付いた特殊の形状のものである。
体捌きは、打太刀が切りかかって来た時、如何にその手元に入るかが重要であり、
太刀と腕が作る三角を見極め、その中に入り身することを会得しなければならない。
これは、やがて無刀捕りに通ずるものであり、神道夢想流杖や神道流剣術の理合いとも同じである。
神道夢想流杖の併伝武術は、内田流短杖術にしろ、一角流十手術にしろ、一心流鎖鎌術にしろ、
全て同じ理合いなのは、その伝承過程で同じになったのか、
元々同じであったのかは不明であるが、非常に面白い事実であると思う。

2014年2月3日

清水隆次師範より免許皆伝を許された杖道界の長老・西岡常夫師範の杖術及びその理念を愛知県名古屋市において継承する団体です。西岡常夫師範が伝える神道夢想流杖術は、杖の操作における本手と逆手の遣い分け、本手打・逆手打・引落打における杖の筋(動線)、打太刀の剣の遣い方、神道夢想流杖の打太刀と仕太刀の別を明確にした稽古を行います。

2014年2月4日 

一角流十手術で用いる十手。鈎の内側に両刃が付いている。
十手は本来、相手に傷を着けない様に作られているが、
これは鈎に刃が付いて居り、これで相手の手の動脈や腱、
頚動脈を切るもので、厳密には十手ではなく、武器である。
一角流十手術はまた手棒術と言われるのも、
その辺りに由来すると思われる。

2014年2月8日

稽古日誌
 2月8日本日は雪のため稽古出来るか危ぶまれたが、5人の出席者があった。
神道夢想流杖に併伝する神道流剣術の小太刀は4本であるが、
これを演繹すれば千変万化の技となる。
小太刀一本目の咽中の技は、直ちに無刀捕りに変化することの出来る技であり、
新陰流に伝わる「上泉伊勢守の五本の小太刀」と相通ずるものがある。
勿論、新陰流も神道流も同じ香取・鹿島の流れを引き、
鞍馬伝の天真兵法を淵源とする流儀であることからして当然と言えば当然ではある。
柳生新陰流の流祖・柳生石舟齋がその師、上泉伊勢守から研究を託され完成した無刀捕りは、
この「上泉伊勢守の五本の小太刀」から編み出されたと言われるが、
神道流剣術に伝わるこの小太刀一本目・咽中も同様に無刀捕りを含んで居ることを
知って稽古すると面白さも一段と増して来る。

2014年2月10日

稽古日誌
 2月10日神道夢想流杖に併伝する一心流鎖鎌術も、やはり杖と同じ理合いを含んで居る。
一心流鎖鎌術の流祖は念流剣術の祖・念阿弥慈恩であるが、
念流もまた、鞍馬伝の天真兵法の流れを汲んでいるのであろうか、
一心流鎖鎌術は見事に神道夢想流杖と融合して居る様に見える。
切り下ろす太刀に巻き付ける分銅を振る技は、杖と同じく相手の顔面を制しつつ行なうことや、
最後の極めに分銅で相手を打つ動作は、中段の横切留の最後の打ちと同じであるなど、
これもその伝承過程で融合したのかどうかは不明であるが、同じ理合い、
同じ体動であるのは非常に興味深い事実である。
故に、この一心流鎖鎌術の稽古も神道夢想流杖の上達に欠かせないものであると思う。

2014年2月15日

稽古日誌
 2月15日武道稽古の階梯は守・破・離であるとされている。
守とは師の教え通り修めること、破とは守を修めた後さらに修錬して自分自身のものを掴むこと、
離とはその破の技をも忘れた自在の境地のことを言うが、
西岡先生は守こそが稽古の眼目であると言われている。
その守の稽古に当たっては、トコトン師の真似をすることである。
一挙手一投足、寸分違わず師匠の動きをおのれに移し取るのである。
然し、その為には良い師匠につかなければならない。
昔から、三年習うより、三年良い師匠を探せと言われるのもこのためである。
私も二年間武道の師匠を探して、17歳のとき濱地光一先師に巡り会った。
そして、稽古に当たってはおのれを捨て、虚心に学ばなければならない。
ここが一番難しいところである。人は、どうしてもおのれの色眼鏡を通してモノを見勝ちであるが、
それでは本当のモノは見えないし、稽古をするにしても違った解釈をしてしまう。
本人は師匠の通り行っているつもりでも、師匠から見ればかなり隔たっていると言うことになる。
故に、稽古に際しては常に謙虚に師匠を見ることが大切であると思う。

2014年2月22日

稽古日誌
 2月22日今日はオーストリアのウィーンから
マーチン・トップリッツァー氏が来日、夜の稽古に参加されました。
今日で三日目の稽古になりますが、手の内、打ちの筋、力の抜き方など、
表から影まで、普段の稽古では気づかない細かい点に注意して稽古しました。誰にでも言えることですが、形をある程度身につけたら、
今度は力を抜いて柔らかく、常に相手の状態を感じて居る様
に遣うことを心がけることが大切です。
これは中国拳法の聴勁と同じことで、神道夢想流杖は技の中で、
繰り付け、繰り放し、体当りなど、柔の要素が多く入って居り、
この感覚を会得しないと生きた杖にはなりません。
西岡先生も、力任せのスピードのみの技ではなく、
力を抜いた正しい筋を会得すれば、
技は楽に出来るものだと仰って居られました。
マーチン氏も、是非この感覚を会得して帰って欲しいと思います。

2014年3月1日

稽古日誌
 3月1日今日の稽古は、明日が清隆会名古屋伝習会の為か出席者が少なかったが、
その分しっかり目が届いたと思う。
特に初心者への指導を充分に行なうことが出来た。
先ず打ち込みだが、西岡先生も常に打ち込みの重要性を説いて居られた様に、
この打ち込みは全ての技の基準となるものである。
本手打ち、逆手打ち、引落し打ちも、この打ち込みが出来なければ単なる打突のみの打ちとなる。
相手の気・剣・体を同時に崩す打ち、これが打ち込みであり、神道夢想流杖の打ちである。
西岡先生は、清水隆次先生から伝えられたこの打ちが、
現在の杖道では失われてしまったことを憂い、清隆会を作られた。
故に、我々は常に先ずこの打ち込みの稽古をするのである。

2014年3月8日

稽古日誌
 3月8日先日3月5日、先師・濱地光一先生の奥様が100歳の天寿を全うされ帰幽されました。
思えば今から48年前、私が高校生の頃、稽古が終わると先生のオートバイの後ろに載り、
先生のお宅まで連れて行かれ、奥様手作りの料理を戴いたのが始まりで、
それがいつの間にか楽しみとなり、先生が亡くなられるまで19年間はお宅に伺うと
必ず奥様の温かいおもてなしを戴いたことが懐かしく思われます。
先生亡き後もいろいろお気遣いいただき、本当に温かく見守って戴きました。
そのご厚恩を感謝し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
さて、今日の稽古は新たに新人も入門したので基本をしっかり稽古しました。
特に、本手と逆手の手の内の区別、打ち込みの際の刃筋、足遣い、踵の遣い方、
太刀の上段・中段・下段の区別、正しい素振り、得物の影に隠れて動くことなどに
就いて詳しく解説しました。
「基本に勝る奥義無し」と言われますが、最初の段階でこれらのことをしっかりと
身につける事が良い杖を遣う基礎となります。
西岡先生が常に基本を大切にされて居たのもこの故であると思います。

2014年3月11日

稽古日誌
 3月10日今日の稽古も、やはり打太刀に就いての解説に終始した。
何故なら、神道夢想流杖の稽古は打太刀の力量に左右されるからである。
西岡先生は、兎に角、打太刀の養成が第一だと何時も仰られて居たが、実にその通りだと思う。
西岡先生はまた、五夢想を知って居る指導者ならば、あの様な遣い方は教えない筈なのだがと
良く仰られ、今はその遣い方が殆んどであるのを嘆いて居られた。
然し、清水隆次先生の「生きた杖を伝えたい」との遺言を実行せんとその人生を捧げられた
西岡先生も、今は境を異にされてしまった。
遺されたものとしてはその想いが肩にのし掛かり、余計に稽古に気が入ってしまうようである。

2014年3月15日

稽古日誌
 3月15日神道夢想流杖に於いては、杖は常に打太刀の眼を攻めることが大切である。
これは単に眼を攻めるばかりで無く、相手の気を崩すことになるからである。
気を崩し、体を崩し、技を崩す、この三挫きを同時に行なうのが杖である。
然し、稽古に於いては余り深く攻めると危険なので、最初は浅めに攻めるが、
慣れて来たら深く攻める稽古をしないと、清水隆次師範の言われた、単なる棒振りに終わってしまう。
我々は、自分が棒振りに終わらないためにも、常に三挫きを心掛けて稽古しなければならないと思う。
さもないと、一生を棒に振ってしまうことになる。

2014年3月22日

3月22日神道夢想流杖の表・二本目の「鍔割」も意味深い形である。
左前真半身に構えた仕杖の首を斜めに切り込んだ打太刀の右拳を、
体外しから筋を替わって左本手打で打つことから始まる。
これは「物見」の如く小手を打つのではなく、鍔を割る位の間合いで拳を打つことになって居る。
その意味をこう考える。神道夢想流杖で最も大事に事は、十文字に合(ガッ)し
勝つことであると西岡先生は常に教えられていた。
その際の間合いは、杖先が鍔を割る位が丁度良い間合いであり、
その間合いを会得しなくては十文字勝で勝つことは出来ない。
これは又、杖が下から太刀を払い躱す場合も同じであり、この遣い方は槍術のイナシ技
から来て居るものであり、太刀を上からも下からもイナス為には常に鍔元、
つまり鍔を割る間合いを意識しなければならないと言う教えがこの形に表わされて居ると思う。
表・二本目にこの「鍔割」が有るのは、一本目の「太刀落」の口伝に次いで、
この鍔割の口伝が重要だからである。
続いて、打太刀は杖先を制しつつ間合を計り、体を変じて仕杖の股を右片手太刀で切り上げるのを、
仕杖は左膝を右踵の後ろに着けて太刀を躱しながら、杖先は打太刀の手首に着いて行きつつ、
返す太刀を掬い、更に繰り付けるが、ここもまた、
西岡先生は二つの遣い方が一つの形として表わされていると説明されている。
我々稽古人は、こう言う事をしっかり理解して稽古しなければならないと思う。

2013年10月28日

稽古日誌
 10月28日内田流短杖術は神道夢想流杖と同じ理合いで技を行わなければならない。
流祖・内田良五郎師範は、神道夢想流杖の遣い手であり、その原理が同じなのは当然である。
必ず、後の先を取る、杖と同じ刃筋で技を行なう、
杖の影に隠れながら相手の気・剣・体を崩すことに加え、得物が短い分、
体捌きが上手くないと単なる踊りになる。
この体捌きは、神道夢想流杖の稽古で自然に身について来るが、特に足捌きが重要である。
足捌きは武道の基本であるが、スポーツ的な足使いでは無く、古流の足捌きに就いてもっと
勉強しなくてはならない。

2014年3月24日

稽古日誌 3月24日神道流剣術の最初の太刀を結ぶ形に就いて、
西岡先生はこれは単に構えた形ではなく、仕打共に切り結んだ形であり、
一本目・二本目の相摺は相打ちの形、三本目・四本目・五本目の鷲・乳払・左輪は
仕太刀が合(ガッ)し勝った形、
八本目の摺込は相打ちの形であると教えられた。同じ様に太刀を結ぶ形でも、
この様に異なるのであり、そこにはやはり、実伝でなければ伝わらない微妙な遣いわけがある。
神道夢想流杖の打太刀に於いても同じで、表の打太刀、中段の打太刀、影の打太刀では
遣い方が異なり、これに対する仕杖も当然その遣い方が異なるのである。
こう言う順を踏んだ稽古をしてこそ清水隆次師範が言われた「生きた杖」を
遣うことが出来る様になるのであり、その為にはやはり、しっかりとした打太刀が必要なのである。
稽古の際、くどいほどに打太刀に就いて注意するのはこの為である。

2014年3月29日

稽古日誌
 3月29日神道夢想流杖表三本目は「着杖」である。
清水隆次師範がかつて、杖はこの「着杖」一本遣えればそれで良いと申されたと
西岡先生は仰られていたが、確かにこの一本も意味深い形である。
打太刀が仕杖の構えた拳に切り込むのを、仕杖は右斜めに体を捌きこれを避け、
打太刀の左小手を打ち、打太刀が下がって上段に構えるのを、
仕杖は本手打ちで打太刀の左小手を打つ形であるが、
一見簡単に見えるこの形の中に何が仕込まれているのかを理解して稽古しなければ、
やはり唯の棒振りに終わってしまう。
ここでも大事なことは、常に仕杖は後の先を取ると言うことであり、
形には表わされていないその気を感ずることである。
形では、仕杖が打太刀の切り込みを避けた後、小手を打つが、
この際、打太刀は切り込みを避けられて直ちに仕杖を突く気を出さなければならない。
その気を感じて、仕杖は打太刀の小手を打つのであるが、
この際も、単に半円を描いて真上から打つのではなく、打太刀の左霞を責めつつ小手を打つのである。
これは、何時も言う三挫きであり、特に打太刀の気を挫いていなければ危なくて
小手など打てるものではない。
又、この反対に左に「物見」の如く捌く変化も心得ていなくてはならない。
更には、最後の本手打ちを行なう場合も、必ず杖に身を隠して行わなければならないなど、
この形にも多くの教えが秘められていることを知って稽古すれば杖がますます面白くなってくると思う

2014年4月5日

4月5日稽古とは摺り込みである。
神道夢想流杖では形稽古を行うが、
日本武道における形稽古と言うものは全てこの摺り込みをその目的として居る。
何を摺り込むのか?それは技を通しての勝ち口の摺り込みであり、それに至る心法の摺り込みである。
勝ち口とは、十文字勝ち、一文字勝ちを始めとする必勝の遣い方であり、心法とは、先に動かない、
ジッと待つことを始めとする心の持ち方である。
その稽古法を形として遺したところが日本武道の優秀さであり、
特に神道夢想流が伝える形は素晴らしいものであると西岡先生は申されて居たが、誠にその通りだと思う。我々は先人の会得した必勝の勝ち口、この形をひたすら稽古することに依り、
先人の境地に近づくことができる。
然し、その為には先ず指導者を見極めなくてはならないことも事実である。

2014年4月12日

稽古日誌 4月12日神道夢想流杖64本の形の最後は奥の「アウン」である。
「アウン」とは、「阿吽」と書き、開閉のことである。
神社の狛犬や仁王像の左右の口を見れば、開いて居るのと閉じて居るのとが有るが、
それもこの「アウン」を示して居るのである。人間も「アギャー」と生まれて「ンー」で死んで行く。
つまり「アウン」は始終・開閉・生死・陰陽・伸縮を意味する言葉であり、
生死遷流の教えを示して居ると思う。
その「アウン」が何故、神道夢想流杖の最後の形の名になって居るのか?
それは神道夢想流杖が「アウン」と言う悟りを有するが故では無いかと思う。
極意の五夢想の形にしてもそうだが、神道夢想流はその技術も他に比類なきものを有するが、
その精神性においても素晴らしいものが有ると、伝えられて居る形の名称を通じて感じる。
技術的にも、あらゆる技は胸郭と肩・肘の開閉に依り行なうことが秘訣で、
西岡先生はこれを見事に実践されて居た。
本手打、逆手打、引落打、繰り付け、繰り放しなど、
良く見れば全てこの開閉に依り行なって居られた。
我々は、この最後の形「アウン」の教えを今一度しっかりと認識して稽古したいと思う。

2014年4月19日

稽古日誌
 4月19日神道夢想流杖の打太刀は神道流剣術である。
神道流剣術には、下からのハネ切りが隠されて居る。その為の構えが八相である。
八相の構えは、この位置から上からの切りと、下からのハネ切りに自由に転換出来る
素晴らしい構えである。
これを高曲り(たかまがり)と云うが、この遣い方を心得て行なわなければ神道流剣術にはならず、
従って神道夢想流杖の打太刀にもならないのでは無いかと思う。
一般に行なわれて居る打太刀を見ると、構えた八相から一旦上段に振りかぶってから
切り下ろして居るのを多く見かけるが、これは本来の遣い方では無い。
八相に構えたなら、そのまま太刀の影に入りつつ、一拍子、否、無拍子に切り下ろすべきで、
これは神道流系剣術に共通の遣い方である。
杖道の普及は嬉しいことであるが、
いつの間にか本来の遣い方が忘れられて行くのは淋しいことである。

2014年4月26日

稽古日誌
 4月26日武術は居着くことを嫌う。
体の居着き、足の居着き、手の居着き、眼の居着き、心の居着き、
居着きは全てその名の通り固着することとなる。
固着は固定化であり、不自由であり、病いである。
心身の病も気血の固着からおこる。人生においても固着は、自ら苦しみを生む様に思える。
武術においても固着、即ち居着きは直ちに隙を作り、敗れの因なる。故に、何事にも、
この居着きと言うことに注意しなければならない。
神道夢想流杖の稽古においても、体捌き、足遣い、手捌き、眼付け、心配りなど、
全てに居着きが起こらない様に工夫しながら行なうことが大切である。
やがて、支体従容、即ちゆったりとして力むことの無い身体、虚心平易、
即ち何事にも動じない平常心に至るべく修練するのであるが、ここに至れば天真兵法、
即ち天真正伝の位に入る。
そして、この修行の過程が無為自然に生きることに目覚めさせ、
自ずから人生の幸をも齎すことになるはずである。これこそ活人剣で表わされる
日本武道の精華であり、これを武徳と言うと私は思うが、
この武徳を求めて稽古に励みたいものである。

2014年5月12日 

稽古日誌
 5月12日神道夢想流杖の妙味は十文字勝ちであるとつくづく思う。
他にも素晴らしい勝ち口はいろいろあるが、先ずこの十文字勝ちを会得して居なくては
杖の面白さも半減する。
ところが、この遣い方をして居る人は意外に少ない。
以前、西岡先生にこのことを伺った際、それは学びそこねているのだろうとの答えであった。
それ以上のことは何も仰られ無かったが、兎に角、この十文字勝ちをしっかり身に付けることが
大切だと常に申されて居た。
その稽古は、本手打ち、逆手打ち、引落し打ちで仕太刀を打つことであるが、
その際、杖先が必ず相手の鼻先を通らなければならない。
この様に打ってこそ、気を崩し、体を崩し、太刀を崩す三挫きとなり、十文字勝ちが出来るのである。
稽古の際、必ず打ち込みを行なって居るのは、刀で試し斬りを行なうのと同じく、
杖で十文字勝ちを試して居るのであり、正しく仕太刀の鼻先を杖が通る様に気を付けて
稽古したいと思う

2014年5月17日

稽古日誌
 5月17日神道夢想流杖の表四本目は「引サケ」である。
この形の打太刀は小太刀である。
最初は打太刀が進んで来て杖と合わせる形であり、普通は杖は打太刀の目を攻めつつ
逆手に構えるのであるが、西岡先生は、ここは打太刀が切り込んで来たのを、
上から逆手十文字勝ちで制した形であり、杖は目を攻めるのでは無く、
上から押える如く逆手に構えるのだと教えられた。
次に、打太刀は小太刀で杖を擦り上げつつ杖先を躱して切り込んで来るのを、
仕杖は後方に下がりつつ杖を引き落とすが、
この動作から「引サケ」と名付けられたのでは無いかと思う。
これは一本目の「太刀落」と同じく、杖は常に前の手を切られない様に意識しなくてはならないが、
ここでもう一度、後ろに下がって前の手を切られるのを躱すことを教えているのだと思う。
杖に限らず、鍔の無い棒術はここが一番の弱点であり、
これが出来なければたちどころに勝負は決して仕舞う。
この表四本目も非常に大切なことを教えている形であると、つくづく感じる

2014年5月26日

稽古日誌
 5月26日神道夢想流杖の表五本目は「左貫」である。
打太刀が仕杖の左脇腹を突き切るのを、仕杖は突外し打ちにて太刀を打ち、
更に右本手で一歩攻めたところを、打太刀は下がって間を外し八相に構え、
仕杖は足を踏み替えて杖を右に引落しの構えとなる。
この時、仕杖は右本手の構えから直ちに右引落しに構えるのではなく、
一旦、正中に一の太刀の構えとなり、そこから右に引落すのであると西岡先生は教えられた。
この遣い方は、西岡門下でも我々しか行なって居ない様であるが、非常に大切な動作で有る。
神道夢想流杖は、夢想権之助流祖が一の太刀から編み出したと伝えられているが、
実際、其処彼処に一の太刀の動きが入って居るのを見ると、それは恐らく真実であると思う。
これら先師より伝えられた貴重な口伝は、我々の代で絶やすことの無い様に稽古したいものである。

2014年5月31日

稽古日誌
 5月31日稽古に於ける打太刀の重要性については何度も言っているが、
打太刀は先ず、正確に切ることを心掛けなければならない。
形武道では、どうしても次の動きが分かっている分、切り込みが甘くなり勝ちである為、
技の緊張感を欠くことになることが多い。
然し、これでは神道夢想流杖の真剣形と言われる形稽古も単なる棒振りで終わって仕舞う。
この事を、清水隆次師範が懸念されて居られたと西岡先生が仰って居られたが、
まさにその通りだと思う。
西岡先生も、打太刀の養成こそ神道夢想流杖の伝承の課題であり、
これが中々大変なことであると常々申されて居た。
軽く、柔らかく、且つ、鋭く、正確に切り込む太刀、打太刀は先ずこれを目指して
稽古に励んで欲しいと思う。

2014年6月7日

稽古日誌
 6月7日西岡先生は稽古の際、常に打ち込みを重要視して居られた。
先ず、上段からの打ち込み、次に本手打ち、逆手打ち、引落し打ち、更に巻落しの稽古は必須であった。
これは、西岡先生が伝えられる杖の精髄であるが故に、特に厳しく指導された。
私など、濱地光一師範が亡くなるまで19年師事し、その後、西岡先生に29年就いたが、
西岡先生からこの打ち込みを「よし」と言っていただけるまで何と20年ほど掛かってしまっている。
つまり、杖を始めてからおよそ40年掛かってやっと打ち込みを身に着けたことになる。
私の鈍根の故もあるが、それほど、この打ち込みは難しいのである。
杖と太刀の角度、手の内、杖の刃筋、腰の入れ方、肘の位置、脇の締め、
手に力を入れずに身体の動きで十文字に勝つなど、実に微妙な感覚が必要である。
然し、これこそ西岡先生が伝えんとされた神道夢想流杖の核心であり、
我々も常にこれを修錬しなければならないと思う。

2014年6月14日

稽古日誌
 6月14日神道夢想流杖は古武術である。
故に、その術技の内容は本来秘されるべきものである。
然し、普及する為にはある程度公開しなければならない。
そこで、清水隆次師範によって選ばれたのが全剣連制定形12本を作ると言う道であった。
この制定形により杖道は飛躍的に普及し、現在は全剣連杖道として独自の道を歩んでいる。
それはそれで良いことかも知れないと思うが、清水先生は、亡くなる前、
西岡先生に「自分は唯の棒振りを作っただけかも知れない。杖は生きている。
どうか、この杖を遺して欲しい」と仰られたそうである。
西岡先生は、そのご遺志を継ぎ、清水先生の杖を遺さんと努められたが、
本年2月8日に90歳で亡くなられてしまった。
残された我々は、再びそのご遺志を継いでこれを継承してゆかねばならない立場になった。
西岡先生は晩年、本来秘されるべき太刀や杖の遣い方を惜しげも無く指導して居られたが、
これとて、その器で無いものが聞いても分からないであろう。
然し、やはり神道夢想流杖には素晴らしい術技と奥の深さがある
。今後は何とかして、これをその器の人物に伝えて行かなければならないと思う。

2014年6月21日

稽古日誌
 6月23日清水隆次師範の申された「生きた杖」とはどう言うものか?
一つは変転自在の意、一つは常に進化する意であると考える。
一つ目の変転自在の意とは、相手により自在に変化・転化出来る杖であり、太刀のことであると思う。
故に、見たところ同じ様に形を行なって居る如く見えても、その内容には雲泥の差が有ることがある。
西岡先生が清水師範の技について「決して上手と言う訳では無いんだよな。
然し、下手でも無いんだよな。普通なんだ。それが名人と言うものかも知れない。」と仰られたが、
そのレベルはそこに達したものにしか計ることは出来ないと言うことである。
だから、鋳型の如く、全ての場合に同じ動きを強いると言うものは本来ではないと思う。
例えば、繰り付け一つをとって見ても、繰り付ける際、打太刀の体を正しく崩して居るか?
力任せで一人よがりの技になって居ないか?打太刀が切り込む隙を作って居ないか?
打太刀の動きを杖を通して感じられて居るか?
繰り付けた後、杖先で打太刀の顔を攻める残心があるか?杖の刃筋を正しく使っているか?
動作が居着いて居ないか?などに注意すれば、
一つの技でも自ずから相手により同一の動きと言うものは無く、
技には幅と奥深さが有ることが判るはずである。
これを「生きた杖」と言うのであると私は考える。
そこで大事なことは、技を行うにあたり、力を入れないで、技の筋をシッカリと掴み、柔らかく、
居着かないことである。
西岡先生も「技と言うのは力を入れないで行なう方が良く効くのだよ」と常々申されて居たが、
誠にその通りなのである。
然し、そこに至るには、先ずは正しい動作を身に着けることが先決なのは間違い無く、
次に力の抜き方を会得すると言う順序で稽古することが大切である。

2014年6月29日

稽古日誌
 6月28日清水隆次師範の申された「生きた杖」の二つ目、
常に進化する杖と言うことに就いて考えて見たいと思う。
武術は本来、常に進化するのがその宿命であると思う。
何故なら、人間も常に進歩すべく生きているからである。
故に、古武術といえども、武術である以上、
絶えずより良き法へと進化することは当然のことである筈である。
ところが、古武術と言えば、古式に囚われ、
固定した古伝の形のみを固守する風潮が多々ある様に思える。
特に、剣術系の武術は、現在では実戦と言うことが無いので、それがより強くなって居る様である。
これに対して、体術系の武術は、それなりに試合を行なうことができるため、
異種の技に対する新しい法も生まれやすいと思う。
神道夢想流においては、打太刀は神道流剣術であり、杖は常に神道流剣術に対する法を鍛錬し、
神道流剣術の表裏を修めるのであるが、
若し、神道流剣術以外の太刀に対してはどの様に遣うのかも考えて稽古して見ることも
必要なのでは無いかと考える。
例えば、新陰流剣術は、打太刀は神道流剣術で、これに対処すべく編み出されたものである。
又、新陰流剣術の九箇の太刀は諸流に対する遣い方を教えている。
では、神道夢想流杖では、新陰流剣術に対してどの様に遣えば良いのか?
又、他の一刀流、念流、示現流、九鬼神流など、他流に対してはどの様に遣えば良いのか?
その答えは、西岡先生が常に仰られた十文字勝を体現する
本手打、逆手打、引落打などの基本に帰すると思うが、ここまで考えて稽古しなければ、
折角の神道夢想流杖も清水師範の申された「自分は唯の棒振りを作っただけかも知れない」
と言うことになってしまう。
そして、こう言う稽古をしてこそ、同じことをやって居る様に見えても、
その質において進化して居ると言うことになるのであり、
これが「生きた杖」のあり方ではないかと思う。

2014年7月6日

稽古日誌
 7月5日西岡先生は手の内に就いて、常に厳しく教えられた。
本手打ちの時は左右とも本手の手の内、逆手打ちの時も左右とも逆手の手の内に
しなければならないと。本手打ちの時に前の手は本手になっているが、
後ろの手は逆手になっていたり、逆手打ちの時に前の手は逆手になっているが、
後ろの手は本手になっていたりするのを良く見かけるが、これでは正しい打ちは出来ないと思う。
本手打ちは柔らかくしなやかな打ち、逆手打ちは剛健で力強い打ちであり、
それぞれ打ちの刃筋も異なることを知らなければならない。
杖は丸い円だけれども、手の内は太刀と同じ様に常に刃筋を意識して遣わなければならないと
西岡先生は口癖の様におっしゃっていたが、その様に遣わなければ、
やはり、生きた杖の遣い方にはならない。これは中々難しいことの様ではあるが、
常に意識していれば必ずできる様になるので、常にこれを心掛けて稽古したいと思う。

2014年7月12日

稽古日誌
 7月12日基本の稽古を一通り終わると、形の稽古に入る。
当会では、形の稽古は本伝の形に入る前に「水月」と「斜面」の形を先ず修めることにしている。
この「水月」と「斜面」の形は、清水隆次師範が全剣連制定形12本を編む際に、
神道夢想流杖の口伝とも言うべき理を形にして遺されたものであると理解している。
つまり、この形は秘伝の遣い方にも通ずるものであり、
神道夢想流杖の重要な理合いを教えているのである。
故に、基本に勝る奥義なしと言われる様に、単純ではあるが、
最初に習うこの形を正しく稽古することが大切である。

2014年7月23日

稽古日誌
 7月19日以前にも書いたが、稽古とは真似ることから始まる。
何を真似るのか?それは師匠の動きを真似るのである。
これは当たり前のことの様であるが、なかなか難しいことである。
何故なら、多くの稽古人は、師匠から形の順序のみを学ぶと言う気持ちが強く、
師匠の微妙な動きを少しでも我が身に写そうとする心が少ない様に思える。
これは、自分の頭で理解して技を行なおうとするからで、
これではなかなか師匠の技を自分のものにすることは出来ない。真似て真似て真似尽くしてこそ、
師匠の技に近付くのであり、己れの頭で幾ら考えても埒はあかない。
己れの頭で考えることは、己れの範囲内の結果しか出すことはできない。
これを破る為に師匠に就き、師匠を己れに写すのである。
これが古流の稽古と言うものである。又その為に、師匠は己れの技を見せて居るのであり、
この師匠の願いをしっかりくみ取って稽古に当たって欲しいと思う

2017年1月7日(最終)

今日から杖道の稽古が始まります。
17歳に杖道を初めて50年目の昨年末に、
神道夢想流杖の免許を四人の門人に出させていただきました。
極意の『五夢想』ほかの伝授も昨年中に終えました。
これで、当地の神道夢想流杖もひとまず次の世代に繋ぐことが出来ました。
それぞれが驕ることなく、さらなる精進と責任を持って
進んでいただくことを願います。
しかし、先ずは一安心です。今年もよろしくお願い申し上げます。